Akit Physical Therapy Association

英国お国事情 ~イギリスの理学療法について~

目 次
その1 イギリスの理学療法士学会
その2 イギリスの理学療法教育1
その3 イギリスの理学療法教育2
その4 理学療法の業務指針・標準
その5 理学療法士の継続的職能開発

その1 イギリスの理学療法士学会

私はいま、イギリスのハートフォードシャー大学 健康・人間科学学部 理学療法学科で、客員研究員として「理学療法の質の保証(Quality Assurance in Physiotherapy)」について勉強しています。大学は、ロンドンの近くですから、観光などでこちらに来られることがあったらぜひ連絡をくださ い。来年の6月までいる予定です。

これからシリーズで、イギリスの理学療法について報告していく予定ですが、今回は先日参加したイギリス理学療法学会の様子を伝えたいと思います。 学会は、10月21日(金)の午後から22日(日)の午前までの日程で、バーミンガムで開かれました。参加者は約1,100名。PT協会の会員は約 35,000名(学生、助手会員含む)といいますから、参加率は日本より低いようです。

印象深かった点を挙げると、まず参加者のほとんどが女性だったことです。文献では、イギリスのPTの9割以上は女性だといことは知っていましたが、どこ の会場でも男性は私の他に数名いるだけで、どこを見ても女性、女性、女性でした。参加者が女性というだけでなく、発表者、座長、役員も全員が女性といって よいくらいで、学会の運営も女性が行っていました。日本でも、そして秋田でも、女性のPTが急増していますが、女性PTの本当のパワーを見せつけられた思 いです。

プログラムもユニークでした。内容は、研究発表もありましたが講演が中心でした。一つの特別講演以外は、イギリスPT協会が認定している専門領域ごとに それぞれ企画されており、神経系PT、整形外科系PT、高齢者PTなどの他、変わったものでは乗馬療法、針・指圧療法、精神科PT、産業保健PTなど専門 領域は全部で10ありました。

私には、乗馬療法がPTの一分野とは思えないのですが、目的とするバランス反応などを引き出す手段として、医療機器と同じように馬を考えればよいのかも しれません。乗馬の盛んなお国柄のPT手段なのでしょう。会員は約200名ということでした。同じく、針や指圧にも違和感を感じましたが、鍼灸師やマッ サージ師のいないイギリスでは、針や指圧はPTの大きな分野になっており、会員は約1,600名ということでした。産業保健PTは、職場で発生する頸腕障 害や腰痛をいかに予防するかが主な課題のようでした。しかし、実際にPTを雇用しているのは大企業に限られているということで、会員も230名と思ったよ り多くありませんでした。

こうした講演は、短くて20分、長くて90分で、全部で78ありました。一方、研究発表は、20分間の口頭発表が36題、ポスター発表が29題でした。 研究発表が思ったより少なかったのは、研究報告を主体とした集会が、この学会とは別に年2回開催されているためのようです。

最後に、まる2日間という厳しい日程にもかかわらず、なんとアフタヌーン・テイーの時間がしっかり確保されていました。30分間すべての企画をストップ してお茶を飲む。そう、ここはイギリスなのだ、としっかり思い知らされた瞬間でした。 イギリスの理学療法学会、少しは雰囲気が伝わりましたか。

その2 イギリスの理学療法教育1

今回は、イギリスの理学療法教育について報告しましょう。その特徴を一言でいうなら、「短い学内授業と長い臨床実習」ということになると思います。

まず、「短い学内授業」から。どれくらいの時間数かというと、1,000時間を切っているのです。私のいるハートフォードシャー大学では600時間で す。日本の実質時間は1,700時間以上ですから、ずいぶん少ないことになります。本当に日本の半分の時間で教えることができるのでしょうか。そこにイギ リスのPT教育の工夫を見ることができます。

まず、一般教育科目がありません。患者理解のための心理学や社会学は専門科目で教えますが、いわゆる教養科目がないのです。そして、解剖学、生理学など の基礎医学科目、整形外科学や神経内科学などの臨床医学科目もありません。これらは、理学療法専門科目の中で必要な所だけを教えています。ですから、理学 療法専門科目だけをみると、逆にイギリスの方が多くなります。そしてこの時間を、心肺系理学療法、筋骨格系理学療法、神経系理学療法といった系統別理学療 法科目に分けて教えています。世界的にみるとこうした分け方がふつうで、運動療法や物理療法といった技術別科目で分ける日本方式は、一昔前のやり方のよう です。入学と同時に全科目が理学療法専門科目です。学生たちの目が輝くのは当然かもしれません。

そして入学して2ヶ月すると、ハートフォードシャー大学ではもう「長い臨床実習」の第1回目、臨床見学(2週間)が始まります。臨床実習は、イギリスで は1,000時間以上と決められていますが、1週30時間と計算しますから最低34週必要になります。日本では最低18週ですから、日本の2倍の長さで す。

こんなに長いのですから、1年次から3年次までの間に分散して実習します。そして、1期4~6週という速いローテーションで、いろいろな種類の施設を回 ります。入院期間の長い日本では、4~6週ローテーションだと速いように感じますが、入院期間の短いこちらではちょうど良さそうです。スーパーバイザーに とってちょっとつらい成績評価も、実習期間が短く、卒業まで8カ所も回るのですから、けっこう気楽に受け止められているようです。そして、34週も実習を するので、卒業時にはそうとう高い臨床能力を身につけます。これには、もう1つ秘密があるようです。臨床実習期間中、かれらは理学療法学生ではなく、「学 生理学療法士」として一定の範囲内でしっかり責任を持たされるのです。責任が学生の自覚を促し、臨床の場そのものが学生を育てているのでしょう。

11月17日に、イギリス理学療法協会本部で小さな、しかし重要なワークショップが開かれました。「臨床教育の質を向上させる監査システムはどうあるべ きか?」がテーマでした。臨床教育は養成校からの頼まれ仕事ではない、理学療法士の次世代を育てる協会の大仕事なのだ、という認識なのです。1992年に すべての養成校を大学にしていますが、今度は臨床教育の質を協会主導で管理していこうというのです。イギリス理学療法協会のタフさを、私たちも学ばなけれ ばならないと思いました。

その3 イギリスの理学療法教育2

イギリスではいま、各施設の理学療法部門で自分たちのサービス内容を自己評価し、改善していくための取り組みが全国的に行われています。日本でいうと、業務改善委員会のような活動です。なぜいまサービスの自己評価なのでしょうか?

まず初めに、理学療法はサービスなのか?と思われた人がいるかもしれませんので、少し説明をします。ここでいうサービスとは、治療をふくめ患者や家族が 私たちの医療行為から受けとる全体を指しています。理学療法室の設備、理学療法士の数、患者の治療水準、患者への説明やマナー、記録内容と管理、他部門と の連携など、患者に影響するすべてです。

私たちはこれまで、理学療法の質を向上させようと研修や研究をしてきましたが、それはおもに「治療」に関することだったように思うのです。しかし、患者 や家族の側からみたら「説明やマナー」といった、理学療法そのものからは少し離れた部分にももっと力を入れてほしい、と思っていたに違いありません。つま り、サービスとして理学療法を見ていくということは、実は私たちがつい忘れがちな「患者中心の理学療法(patient centered physiotherapy)」に立ち返ることであり、治療や指導を含めたより包括的な視点から理学療法を見直すことになるのす。

つぎに、なぜ自己評価なのか?です。イギリスでは1978年に、医師の処方箋に基づかなくても、理学療法士が必要と判断して行う治療も国民保健サービス (NHS)でカバーされる医療と見なされるようになりました。これは、理学療法に対する社会的評価を反映してのことですが、医師の処方なしに理学療法士は 本当に適正な治療がやれるのか、という社会の声に応えなくてはならなくなりました。そこで、全国の理学療法士がそれぞれ勝手なことをやっては困りますか ら、80年代から理学療法協会の各専門領域団体で治療指針や標準をつくって、理学療法士はどんな患者にどんな治療をするのか社会に発表していきました。 90年代には、こうした内容を整理して、理学療法の倫理基準(改訂)、業務指針、基本標準(各専門領域に共通する治療標準)、サービス標準(治療以外の理 学療法サービスの標準)などを発表し、社会的な信頼を高める努力を継続しました。

ところが、80~90年代は患者の権利意識の向上と医療費の高騰から、医療一般に対する不満も高まった時期でもありました。そこで、90年代後半から本 格的に始められたのが理学療法の自己評価、こちらの呼び方では臨床監査(clinical audit)なのです。これまで発表してきた業務標準や、研究で明らかにされている一般的理学療法効果に対して、それぞれの職場がどこまで到達しているか 自己評価し、問題点があれば改善していくためのものです。自己改革を通して、国民の期待によりいっそう応えようというのです。最近の調査では、この臨床監 査を行うことでサービスの質が向上し、標準に沿うよう業務を見直したことで治療効果も上がることが明らかになってきました。

昨年、英国理学療法士協会の総会に出席させてもらったときのことです。理学療法サービスの質向上で、顕著な業績のあった職場やグループが表彰されていま した。日本では、臨床家に対しても研究中心に業績を評価する傾向がありますが、臨床への貢献を表彰する制度を設けている英国理学療法協会はすばらしいと思 いました。

イギリスの理学療法士は、こうして自分たちの仕事を振り返りつつ一歩一歩前進しています。彼女たちに学びつつ、日本でも「患者中心の理学療法サービス」を発展させたいものです。

その4 理学療法の業務指針・標準

前回は、英国での理学療法サービスの質評価と質改善の取り組みについて紹介しましたが、その出発点となるのが理学療法の業務指針 (guidelines)・標準(standards)の設定です。業務指針・標準とは、サービスの受け手である患者や家族はどのように扱われなければな らないか、私たちの業務はどのように行われなければならないか、について定めた目標のことです。目標のないところに、評価も改善もないということです。

例を挙げましょう。「患者と理学療法士の安全」の項目では、「患者は、自分はもとより理学療法士、介護者にとっても安全な環境で治療される」というかた ちで業務標準が示されます。この標準は一般的な内容で示されますから、これで業務を評価すると大まかな判断に止まり、もし問題だとしても具体的に何が問題 なのかはっきりしません。そこで、この標準を単純な要素に分解し、正確に測定できる具体的な評価基準(criteria)を決めておきます。この例で は、・リスク評価はそれぞれの処置や治療に先立って行われる・リスク評価で確認された危険が最も小さくなるよう対処される・患者は緊急時に助けを求める方 法を知らされる・理学療法士は必要な場合に緊急援助を依頼できる・感染予防対策がとられている、などが評価基準となります。

この例は、実は英国理学療法協会「基本標準(core standards)」にあったものです。この基本標準には、22の標準項目と104の評価基準が定められています。また、これとセットになった「サービ ス標準(service standards)」があり、これには20の標準項目と106の評価基準が定められています。この他に、個別疾患・障害別や手技・方法別の業務指針・標 準が全部で27定められ使われています。これらは全国指針・標準ですが、これを参考に各地域、各職場の事情を考慮して作られた地域や施設の業務指針・標準 がありますが、いったいどれくらいあるかわかりません。

各職場では、自分たちの提供するサービスの指針・標準について話し合い、確認し、文書化し、公表しています。多くは、全国・地域の業務指針・標準を準用 しているのですが、これによって理学療法士ごとのサービスのばらつきは少なくなり、目標に到達したらまた新しい標準を設定することで、その職場のサービス 水準が少しずつ向上していくことになります。

注目したいのは、この業務指針・標準を小さなブックレットにして、積極的に患者や家族に知らせていることです。これによって、患者や家族はどんなサービ スを受けられるか事前にわかり、理学療法に自ら参加する姿勢が創られるようになります。一方、書かれた内容とサービスが違っていれば不満として訴えるの で、理学療法サービスの質は患者や家族の目を通して維持されることになります。まさに、患者のエンパワーメント(empowerment)です。また、こ の指針・標準は他部門にも知らせられるので、チームワークの前提になると同時に、業務内容が他部門からもチェックされることになります。

日本には、こうした業務指針・標準はありません。作ろうとすれば、「自分でサービスの質をコントロールできるのが専門職であり、こんなのは必要ない」 「これでは自分の思うような仕事ができない」という声が聞こえてきそうです。世界的に有名な、日本医師会の患者の権利擁護やインフォームド・コンセントに 対する消極的姿勢が間接的に私たちにも影響しているかもしれません。
理学療法は誰のためにあるか
理学療法は何のためにあるか
業務指針・標準を通して理学療法サービスの質向上に取り組む英国の理学療法士たちは、私たちに理学療法の原点を問いかけているようです。

その5 理学療法士の継続的職能開発

今回は、英国における理学療法士の継続的職能開発(continuing professional development, CPD、生涯学習と同意)について紹介しましょう。

まず、新卒PTに対する新人教育があります。英国の新卒PTは、普通は2年間(最低1年)、3~4ヶ月のローテーションでいろいろな理学療法部門を回っ て研修を受けます。目的は、1)多様な疾患・障害の患者を、多様な場(急性病棟、慢性病棟、外来、地域など)で治療する経験を通して、PTとしての基礎的 な力をつけること、2)将来、自分が選択する専門領域に必要な知識・技術の準備をすること、3)継続的職能開発の方法を学び実践できるようになること、な どです。この研修を保証しないと、新卒PTを獲得できないので、各医療施設は体制を整えて新卒PTを迎えます。新卒PTは、国民保健サービス(NHS)の 医療機関にほとんど就職しますが、NHSのサービス提供単位であるトラスト(一般には地域単位で複数の医療施設からなる)内でローテーションするため、こ うした研修が組めるのです。なお、新卒PTの研修(ローテーション)についても、前回報告した業務標準が定められており、研修の質が保たれるようになって います。

つぎに、最近始められものに同僚評価があります。方法は、まず一人のPTに対して評価する一人のPTが選ばれます。評価するPTは、評価されるPTとで きるだけ同じような臨床経験をもつPTが良いとされています。若いPTには若いPTを、整形PTには整形PTを、ということです。そして、最近終了した 20名の担当患者の記録の中から無作為に選んだ記録に基づいて、PTの臨床的推論能力を中心に評価します。時間は1時間程度です。

評価するPTは、次のような質問をしていきます。・評価の過程で、どんな情報が必要だと考えましたか? ・どのように臨床的診断をし、患者の主要問題を 明らかにしましたか? ・効果判定の方法を何にするか、どのように決めましたか? ・患者の特殊なニーズに適した治療テクニックをどのように選択しました か? ・患者の期待にどの程度まで応えられましたか? ・ケアの各段階をどのように評価しましたか? ・他の専門職と連絡しあう必要がありましたか?その とき何か特殊な問題が見つかりましたか? これらの質問は、本人にも評価するPTにも臨床的推論能力を明らかにしていきます。これを踏まえ、1)弱点や課 題は何か話し合って確認し、2)どんな領域の研修・学習が必要とされているのか話し合い、最後には3)研修・学習の具体的な計画を作ります。英国理学療法 協会は、こうした会員の研修・学習計画に応える多くのプログラムを提供しています。こうして同僚の力を借りながら、少しずつ専門職としての能力を開発して いこう、というのが同僚評価です。

さらに、大学ではPTの継続的職能開発をサポートするためのコースを開いていて、現職PTのニーズに対応しています。コースは、働きながら出席できる夜 間コースや、集中で行う短期コース、さらに修士や博士コースのものまで多様です。こうしたコースに参加しても職を失わないですむ制度や奨学金制度があり、 意欲あるPTにチャンスが開かれています。

以上、代表的なPTの継続的職能開発の方法について述べてきましたが、この継続的職能開発は、これまで紹介してきた理学療法サービスの質評価、理学療法業務指針・標準とともに、理学療法サービスの質向上の鍵となるものです。

さて、5回にわたって紹介してきた「英国お国事情」シリーズは今回で終了です。私たちの理学療法サービスを見直すヒントになるものが少しでもあったでしょうか。

では、秋田でお目にかかりましょう

秋田大学医療技術短期大学部
理学療法学科 進藤 伸一

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