教えて!抄録作成のコツ!

※本記事は、秋田県理学療法士会ニュース「ParTner vol.211」に掲載された内容です。
抄録とは何か
抄録(Abstract)とは「原文から必要な部分だけを書き抜いて短くまとめた文章」のことです。特に学術において「原文」とは、論文や学会発表の内容を指しています。ただし、多くの場合は演題登録で作成する抄録に「原文」に相当するものはなく、発表者の頭の中にある研究内容を文字に起こしていく最初の作業と言えます。登録された抄録は査読を受け、採択の可否が決定されます。学会によっては学会賞などを設けており、その審査演題にノミネートされるかどうかが抄録の内容によって判断されています。そのため、抄録作成では限られた文字数で必要十分な情報がわかりやすく読み手に伝わるよう配慮が求められています。
抄録作成の準備
抄録を作成するにあたり、事前に投稿先の募集要領等を確認し「抄録の構成」、「演題名・本文の文字数」、「用語・表記の注意点」、「キーワードに関する指示」、「使用できる文字種」、「登録可能な演者数と所属機関数」等を確認しておきましょう。文字数は600字前後の場合が多いですが、日本理学療法士協会に関連した学会では1000~1800字程度と比較的多めに設定されています。また、理学療法やリハビリテーションに関連した学会では「訓練」や「障害」、「リハビリ」といった用語の使用を自粛・禁止している場合があります。学会の指定がなくとも一般的に不適切な表現(例:「啓蒙」は現在では差別的な表現とされており「啓発」と表記する)は用いないよう注意しましょう。
作文上の注意点
1.文体
抄録は「だ・である調」で記載しましょう。報告内容は常に過去のものであるため、時制は過去形が適切です。箇条書きや体言止めは不適切です。文体(文章のスタイル)にはある程度は筆者の個性的特色が表れ、細かい表現法は好みの問題として許容されます。
2.専門用語の適切な使用
文字数制限がある抄録では専門用語を適切に用いることで端的な表現にできます。以下の例では「検者間信頼性」という用語を用いることで22字削減できました。さらに前文と比較して説明的な“くどさ”がなくなり、すっきりしてわかりやすいと思います。
専門用語を使用しない例:
「本研究の目的はHHDによる膝伸展筋力測定を異なる検査者で行った場合の誤差は臨床上許容できるかどうかを明らかにすることである」
専門用語を使用した例:
「本研究の目的はHHDによる膝伸展筋力測定の検者間信頼性を明らかにすることである」専門用語を使用した例:
ただし、専門用語は「適切」に使用することではじめて効果を発揮します。認知度の低い用語であれば事前に説明を書き加える必要がありますし、さらに文全体がわかりづらくなる場合もあります。そのため、使用している専門用語が当該学会において本当に一般的に知られている専門用語なのか予め調べておくことも大切です。
3.略語とその扱い
略語はその語句が初出した箇所でスペルアウトし、その後に括弧書きで略語を示します;例.人工股関節全置換術(THA) 。以降は最初に定義した意味で、最後まで文全体で一貫した表記にしましょう。ADLやQOLのような業界で標準化されている語句はスペルアウトしないことも許容されます。なお、演題名には略語を用いないようにしましょう。
繰り返し使用する語句には略語をうまく使うことで、文字数に余裕を持たせ、かつ読みやすく分かりやすい文章にまとまります。一方で、独自の略語は読者がそれを覚えるという手間が加わるため、略語を多用し過ぎるとかえって読みやすさを損なってしまいます。やみくもに略さずに、読者にとってその略語が効果的であるかどうか吟味するのをお勧めします。
抄録の構成
一般に研究報告の場合、演題名、演者名、所属、抄録本文(序論/背景/はじめに、方法、結果、結論/考察/おわりに)、キーワードから構成されます。症例報告であれば抄録本文は背景、症例、経過、考察とすることが多いです。抄録本文の小見出しについては各学会で異なるため、規定に従いましょう。ここでは研究報告を取り扱い、小見出しは「序論、方法、結果、考察」としてお伝えします。
1.演題名
私たちは演題名から聴講する演題を決めることが多いのではないでしょうか。そのため、報告の趣旨が伝わる演題名が理想的と言えます。また、演題名にはキーワードを含めるようにしてください。特に主張したいことや取り入れた新しい方法などがある場合は副題をつけるのも効果的です。
ところで、疑問形の演題名の使用については注意が必要です。ガイドラインにおけるクリニカルクエスチョンに代表されるように、学術的に疑問形は疑問に対して十分な結論(答え)を示せる場合に用いられます。そのため、疑問形の演題名(例:○○法は○○患者に有効か?)は挑戦的な印象を与えるものであり、提示した疑問に対して統計学的に十分な結果を得られている場合を除いて避けたほうが無難です。
2.演者とその所属
筆頭演者を一番目に記載し、共同演者が複数いる場合は研究への貢献度が高いものから順に記載します。演者の所属長や研究指導者などは最後に記載するのが一般的です。報告内容に貢献がないものを共同演者に加えることはGift authorshipという研究不正の一種であるため、演題投稿の前段階あるいは研究計画の段階で予め共同研究者について総意を得ておきましょう。また、共同演者の名前や所属の表記には十分な注意を払ってください。特に特殊な字体が使用されている場合や旧姓を用いているもの、所属が2か所以上ある場合などは本人の意向を確認しておきましょう。
3.序論
序論では研究の意義や必要性、目的を記載します。構成としては、① 一般的に知られていること、② 業界/領域の既知(=先行研究の提示)、③ 業界/領域の未知や課題、④ 報告の目的、の順番に記載するのが定石です。
4.方法
研究のデザイン、対象の条件と選定、測定方法、解析方法などを記載します。要点として、読者が同じ方法を繰り返せること(再現性)、方法の妥当性や正確さを判断できることを意識して記載することが大切です。ただし、抄録の場合は書き抜くべき必要な部分の判断がなかなかに難しい作業です。特に独自性や新規性に関わる箇所はできる限り詳細に記載するようにしましょう。
使用した機器の詳細を記載する必要がある場合、一般名(商品名,会社名の順)で記載します。独自の測定方法を用いた場合は詳細な説明が必要です。既存の測定方法を踏襲した場合は先行研究に従った旨を記載するだけでもよいです。解析方法にはどのような統計学的検定法を用いたか(t検定、ピアソンの積率相関係数など)、解析ソフトは何か(SPSS ver12、R commanderなど)、有意水準(p<0.05や95%信頼区間など)をどのように設けたか等も記載しましょう。
5.結果
研究で得られた成果を記載します。注意が必要な点として、結果の項には客観的なデータのみを記すべきであり、結果の解釈は記載しないことです。表記する統計量(平均値、中央値、比率など)、対象の基本属性(人数、年齢や体格など)、統計学的検討の結果などです。統計量として平均値を用いる場合は平均値±標準偏差、中央値を用いる場合は中央値(25パーセンタイル、75パーセンタイル)であることを明示します。単位は国際単位系(SI単位)を用います(表1)。また、統計学的な言い回しとして、差の検定では「AはBよりも有意に低値/高値であった」などのように、どのような差があるのか明記しましょう。ときどきみかける「A群とB群の間に有意差があった」「A群はB群よりも低い傾向があった(p=0.11)」などは不適切な例になります。さらに、データ記載の原則として、「方法」の記載順に従って書く、古い既知のものから新しい未知のもの(今回の新規性)の順に書いていく。さらに全体的なことから順次項目を分けて詳細に記述することを推奨します。
学会によっては結果に図表を用いることができます。この場合、表は横軸に群、縦軸に測定項目を載せ、数値の欄に単位が入らないように工夫しましょう。また、略語や記号を用いた場合は脚注で示します。線は表1のように横線3本にします。図の場合、白黒印刷を想定した配色とし、軸の名前と単位を忘れず記載すること。軸の目盛の大きさなども配慮して作成すると良いでしょう。図表のタイトルは表の場合は上、図の場合は下に記載するのがルールです。

6.考察
研究で得られた結果の解釈を述べる、つまりは結果の意義や意味を読者に伝える項になります。また、報告の内容がその業界の進歩にどのように貢献するかも述べます。抄録の場合は結論も包含しています。序論で述べた研究目的と一致すること、論理的な飛躍がないことが重要です。ただし、論理的飛躍を避けるがあまり、「結果の繰り返し」になってはいけません。また、突然新しいタームやアイディアを述べ出してもいけません。
使用する上で注意が必要な表現として「~という可能性がある」を挙げておきます。これには ① 確信の度合い(主張の強さ)を弱める表現、② 未知の存在を示唆する表現 の2つの用いられ方があります。
① 確信の度合い(主張の強さ)を弱める表現は英語で言うところの、「There is possibility of~」などに該当します。英語であれば Probably/Certainly /Undoubtedly(90%以上)、Likely(65%以上)、Maybe(30~50%程度)、Perhaps(30%以上)、Possibly(30%以下) のように程度を分けて表現できますが、日本語では「~という可能性がある」という表現に限定されてしまいます。極端な例では「という可能性が示唆されたと考えられた」のような非常に曖昧な表現をしている場合もあります。そこまで確信の度合いが曖昧なのであれば、報告の内容を改めたほうがよいと言えるでしょう。
② 未知の存在を示唆する表現について、そもそも研究は未知の「可能性」を明らかにするために行うものです。従って、この「可能性がある」は今回の報告では明らかにできなかった取り扱えない課題であり、多くを言及すべきではない、ということになります。研究の限界や今後の展望等に記載されるのがふさわしいのですが、文字数が限られた抄録ではあくまで結果から述べられることにだけ焦点を絞って記載したほうが良いでしょう。
次に助動詞「れる・られる」についても述べておきます。論文や抄録では受動態の使用を避け、能動態を用いるようにしましょう。例えば、「この従来とは異なる新たなアプローチは我々によって考案された」という受動態よりも「我々は従来とは異なる新たなアプローチを考案した」という能動態を用いたほうが主語と述語の関係がはっきりとします。しかし、助動詞「れる・られる」には ① 受け身、のほかに ② 可能、③ 自発、④ 尊敬の意味があります。抄録において、読者が① 受け身と ② 可能の意味を鑑別しづらい場合があり、代表的な表現に「考えられた」があります。自然科学系の文章内では「客観的な事実に基づいて分析した結果としてこのような結論を導くことができる」という ② 可能の意味で「考えられた」と記載することが望ましく、個人が主観的に感じたり思ったりしたことを表す「~と考えた(I think…)」は(能動態ですが)避けるべき文章表現とされます。しかし、理学療法領域では症例報告などではそのプログラムは担当者が「考えた」はずであるし、前述の例で出した「我々は従来とは異なる新たなアプローチを考案した」は「考案した」が適切です。本来、主語と述語の関係に留意していれば意味を読み間違えることはありません。しかし、執筆に不慣れなものは過去の例を見よう見まねで挑戦するために文法上の誤りが生じ、読者の誤解を招きかねません。誤りの根源は助動詞「れる・られる」の用法ではなく、主語と述語の関係であることに注意しましょう。
7.キーワード
報告内容に合致したキーワードを選びましょう。キーワードはタイトルの一部として含まれている必要があります。
8.倫理的配慮
日本理学療法士協会に関連した学会では抄録の文字数とは別枠で倫理的配慮の記載を求められています。
おわりに:抄録を完成させるコツ
以上、抄録の書き方について概説しました。冒頭で「少ない文字数で必要十分な情報をわかりやすく記載する」と記載したものの、そもそも原文となる論文自体が必要十分な情報量でわかりやすく書いているため、それをさらに書き抜くのはかなり無理難題です。さらに、学術報告は独自性と新規性を売りにしているので、一定の型はあるものの個別に表現の工夫や配慮が必要にもなります。完成させるにはどこかで妥協し、切り上げなくてはいけません。しかし、一人で悩みながら書いていると、だんだんと良いのか悪いのか判断がつかなくなってきます。
抄録は自分の記録ではなく、読者を意識して書くものです。ある程度書き上げたら他の人に読んでもらって意見をもらうのが私の思う抄録を完成させる最大のコツです。自分の知らない専門用語などを教えてもらえるかもしれません。できれば学術活動の経験豊富な方の意見をもらうようにしましょう。身近にそうした人がいない場合は、専門領域研究班の各グループあるいは秋田県理学療法士学会の抄録作成サポートを積極的に活用してみてはいかがでしょうか。
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